ドナー腎のPTC内に巣食っていたRhizopus感染症の一例
A case of Rhizopus infection nested within the PTC of a donor kidney

虎の門病院腎センター
* 師田 まりえ、横山 卓剛、三木 克幸、関根 章成、井上 典子、田中 希穂、長谷川 詠子、大庭 悠貴、井熊 大輔、山内 真之、諏訪部 達也、乳原 善文、澤 直樹、中村 有紀、石井 保夫
虎の門病院腎センター 病理部
河野 圭、大橋 健一
東京医科歯科大学医歯学総合研究科 人体病理学分野
大橋 健一
山口腎研究所
山口 裕

【症例】54歳男性。原疾患Alport症候群による慢性腎臓病のため20歳より維持血液透析を施行している。ドナーは9歳男児、劇症型心筋炎でステロイド使用、ECMO装着により加療されていた。心筋炎の原因は不明であり、炎症反応は高値であったが、各種培養を繰り返し施行されるも病原菌の検出はなかった。経過中に脳出血をきたし、心停止後臓器提供による献腎移植術の施行となった。移植腎は192g、温阻血時間4分、総阻血時間7時間34分であった。移植1時間後の腎生検では、糸球体は19個中硬化糸球体0個、半月体形成などはなかった。好中球優位の炎症細胞浸潤がPTC内に限局したPeritubular capillaritis(PTCitis)と近位尿細管上皮細胞の再生像を認める急性尿細管壊死が主体である奇異な腎組織像が確認されたがその時点ではその意味づけは不明であった。血流は良好で、術直後は乏尿であったがPOD4より尿量増加し、透析離脱できていた。POD 11より尿量減少、Cr上昇傾向となり、POD 20に移植腎周囲に尿貯留を認めた。POD29の再手術にて腎上極の被膜が破綻し、同部位より尿、白色膿流出を認めた。培養からはRhizopusが検出されムコール症と診断され真菌症としての治療が開始されたがすでに時期を逸し。感染制御困難、移植腎機能低下のため、POD44に移植腎摘出に至った。1ヶ月後の腎生検及び摘出腎は1時間生検がさらに進展した像で広範な膿瘍形成、幅広の隔壁を有しない菌糸が確認されムコール症による真菌性肉芽腫形成、動脈の内皮炎と塞栓形成が主体の通常の腎臓感染症所見が確認された。

【考察】本症を振り返ってみると1hr生検において好中球浸潤がPTC内に限局しているのみならず糸状の菌糸様構造物が確認されたこと、引き続き施行された腎生検、摘出腎においても炎症がPTC内から腎動脈内に限局し広範に腎動脈梗塞を来たした点は尿細管内にまで好中球浸潤が波及する通常の細菌性尿細管炎とは異なった像であった。ムコール症は血管親和性が強く血管壁に沿って進展するが血管壁を超えて血管外に飛び出ることのない特徴を有し最終的には動脈梗塞に至り臓器不全に至る習性をもつ真菌感染症とされている。こう考えるとドナー腎のPTC内に巣食っていたムコール症が免疫抑制剤投与環境下で動脈内のみで成長増殖を繰り返し腎梗塞に至った極めて象徴的な感染症の一例と推察された。
Rhizopusは和名クモノスカビと呼ばれ、空中にも存在する一般的な真菌である。免疫抑制患者においてRhizopus感染症は重症化しやすく、死亡率は20〜100%に上る。抗真菌薬治療のほか外科的治療を要することが多い。腎移植患者のRhizopus感染症は散見されるが、診断の遅れは腎予後にもつながる病態とし報告する。

【疑問点】移植1時間後の生検でムコール症の診断は可能か?。

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